パンデミックが露呈させた市民社会セクターの構造的脆弱性:活動変容とレジリエンス構築の課題
はじめに:社会を支えるセクターの変容
新型コロナウイルスのパンデミックは、私たちの社会生活のあらゆる側面に未曽有の変化をもたらしました。医療、経済、教育といった主要な社会システムだけでなく、地域社会の結びつきや人々の相互扶助といった、よりインフォーマルあるいは非営利的な領域、すなわち市民社会セクターにも大きな影響が及びました。このセクターは、NPO、NGO、ボランティア団体、地域コミュニティ組織など多様なアクターから成り、政府や企業だけでは掬いきれない社会のニーズに応え、社会的な包摂や多様性の維持に貢献しています。
パンデミック下では、この市民社会セクターの活動が停滞・変容を余儀なくされる一方で、新たな社会課題への対応が強く求められるという二重の状況が生じました。対面での活動が困難になり、資金調達の機会が失われるなど運営上の課題が山積する中、多くの団体が孤独・孤立対策、食料支援、医療従事者支援、情報提供といった緊急性の高い活動に取り組みました。この過程で、市民社会セクターが持つ社会課題解決能力やネットワークの重要性が再認識されました。しかし同時に、パンデミックは市民社会セクターが長年抱えてきた構造的な脆弱性を浮き彫りにした側面もあります。本稿では、パンデミックが市民社会セクターに与えた影響を分析し、露呈した構造的課題、そしてポスト・パンデミック社会におけるレジリエンス構築に向けた課題について考察します。
パンデミックによる市民社会セクターへの影響
パンデミックによる市民社会セクターへの影響は多岐にわたります。まず、活動様式の物理的な制約が挙げられます。対面でのイベント、会議、支援活動などが中止・延期・規模縮小となり、多くの団体がオンラインでの活動への移行を迫られました。このデジタルシフトは、活動継続のためには不可欠でしたが、同時にデジタルインフラやスキル、あるいは情報アクセスの格差(デジタル・ディバイド)が、団体間や支援対象者との間で顕在化しました。
次に、資金面への影響です。チャリティイベントの中止や企業の業績悪化に伴うCSR予算の縮小などが、寄付や助成金の減少につながり、多くの団体の財政基盤を揺るがしました。特に、特定の資金源に依存していたり、事業収入の割合が高かったりする団体は大きな打撃を受けました。
さらに、活動を支えるボランティアの動向にも変化が見られました。感染リスクを懸念した高齢者層のボランティアが活動を自粛する一方、オンラインでの新しいボランティア活動や、フードバンクなど緊急性の高い分野での活動に参加する新たな担い手も現れました。しかし、全体としてはボランティア参加機会の減少や、活動内容の変化に伴うミスマッチなども生じたと考えられます。
組織運営の面でも、スタッフのリモートワークへの移行や、活動の不確実性による心理的負担の増大、燃え尽きなどが課題となりました。緊急対応に追われる中で、中長期的な組織戦略やガバナンス体制の整備が後回しになったケースも見られます。
露呈した市民社会セクターの構造的脆弱性
パンデミックは、上述のような具体的な影響を通じて、市民社会セクターが以前から抱えていた構造的な脆弱性を明確にしました。
第一に、財政基盤の弱さです。多くの非営利組織は、不安定な資金調達構造の上に成り立っています。特定の補助金や助成金への過度な依存、あるいは個人寄付の伸び悩みといった課題は以前から指摘されていましたが、パンデミックのような危機時には、これらの資金が急速に細るリスクが露呈しました。十分な内部留保を持たない組織は、活動の停止や縮小を余儀なくされやすくなります。
第二に、デジタル対応の遅れです。オンラインでの活動や情報発信の重要性が高まる中で、資金や人材の不足からデジタルインフラの整備やスタッフ・ボランティアのデジタルスキル向上が進んでいない団体が多いことが明らかになりました。これは、情報格差を持つ人々へのアクセスを困難にし、活動範囲を狭める要因となります。
第三に、ボランティア構造の課題です。ボランティアの高齢化や、特定のスキルや時間を持つ層への偏りは、多くの国で共通する課題です。パンデミックは、特に感染リスクの高い高齢者の活動自粛という形で、この脆弱性を直接的に可視化しました。また、新しい世代のボランティアとのエンゲージメント方法や、多様な働き方に対応した柔軟な参加形態が十分に整備されていないことも課題として認識されました。
第四に、社会における認知・位置づけの曖昧さです。市民社会セクターは、行政や企業では担いきれない社会的役割を果たしていますが、その重要性や専門性への社会全体の理解は必ずしも十分ではありません。危機時における行政との連携体制が事前に十分に構築されていなかったり、情報伝達のルートが確立されていなかったりするケースがあり、社会インフラの一部としての位置づけが曖昧であることが露呈しました。
ポスト・パンデミック社会におけるレジリエンス構築に向けた課題
パンデミックを経て露呈した構造的脆弱性を克服し、ポスト・パンデミック社会において市民社会セクターがより強靭で多様な役割を果たしていくためには、いくつかの重要な課題に取り組む必要があります。
第一の課題は、財政基盤の多角化と強化です。単一の資金源に依存せず、個人寄付、企業連携、助成金、事業収入、社会的投資など、複数のチャネルを組み合わせた持続可能な資金調達モデルを構築することが求められます。休眠預金などの既存制度の活用拡大や、NPO等への寄付に対する税制優遇の拡充といった政策的な支援も重要になります。
第二の課題は、組織全体のデジタル・トランスフォーメーション(DX)の推進です。これは単にオンラインツールを導入するだけでなく、情報共有の仕組み、コミュニケーション、活動内容、資金調達、組織運営全般をデジタル技術を活用して最適化していくことを意味します。デジタル人材の育成・確保や、アクセス可能なデジタルインフラの整備に向けた支援も不可欠です。
第三の課題は、新しいボランティアモデルの構築と多様な担い手の育成です。オンラインボランティアやプロボノ(専門知識やスキルを活かしたボランティア)の機会を増やし、時間や場所の制約にとらわれずに多様な人々が参加できる仕組みを作ることが求められます。また、若者世代や企業で働く人々など、これまでの主要な担い手とは異なる層へのアプローチを強化し、市民社会活動への参加を社会全体で奨励する文化を醸成することも重要です。
第四の課題は、マルチセクター連携の強化と社会における位置づけの明確化です。行政、企業、大学、研究機関、メディア、地域住民などが、それぞれの資源や専門性を持ち寄り、平時から市民社会セクターと連携を深めることが、危機時における効果的な対応力を高めます。市民社会セクターが社会全体のレジリエンスを高める上で不可欠なアクターであるとの認識を広げ、政策決定プロセスへの関与機会を増やすことも重要です。
まとめ:不確実な未来における市民社会の可能性
パンデミックは市民社会セクターに大きな困難をもたらしましたが、同時に社会のセーフティネットとしてのその機能や、変化への適応力、そして人々の善意に基づく活動が持つ潜在力を再認識させる機会ともなりました。露呈した構造的な脆弱性への対応は容易ではありませんが、財政、デジタル、人材、連携といった多角的な視点からの取り組みを通じて、より強靭で持続可能な市民社会セクターを構築していくことが、ポスト・パンデミック社会における様々な課題への対応力を高める上で不可欠です。
今後も予測不能な危機が発生する可能性を考慮すると、市民社会セクターが持つ柔軟性、多様性、そして草の根のネットワークは、社会全体のレジリエンスを高める上でますます重要な鍵となります。このセクターの持続的な発展を支えるためには、個々の団体の努力に加え、社会全体からの理解、支援、そして積極的な関与が不可欠であると言えるでしょう。市民一人ひとりが、自らの地域社会や関心のある分野における市民社会活動のあり方について考えることが、ポスト・パンデミック社会の未来を築く一歩となります。